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東京地方裁判所 平成5年(ワ)14805号 判決

原告 小野塚千鶴

右訴訟代理人弁護士 水上正博

右訴訟復代理人弁護士 菊島敏子

被告 株式会社エクイオン

右代表者代表取締役 金岡幸治

右訴訟代理人弁護士 河野純子

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

三  当裁判所が平成五年八月一三日にした担保権の行使手続停止決定は取り消す。

四  この判決は、前項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告が債務者平和建物株式会社、所有者原告とする別紙「担保権、被担保債権、請求債権目録」≪省略≫記載の担保権(物上代位)に基づき平成五年七月三〇日付け命令により別紙「差押債権目録」≪省略≫一ないし六記載の債権についてした差押えは、これを許さない。

第二事案の概要

本件は、被告が別紙物件目録≪省略≫二記載の建物(以下「本件建物」)について有する根抵当権の物上代位として右建物の所有名義人たる原告の第三債務者に対する右建物の賃料債権を差し押えたことについて、原告が、本件建物に対する留置権及び売主固有の賃料収受権を主張して右差押えの排除を求めた第三者異議事件である。

一  原告主張の基礎となる事実(特記したもの以外は、当事者間に争いがない)

1  原告は、平成二年一月三一日当時、別紙物件目録記載の土地建物(以下「本件不動産」)を所有し、右不動産について所有権移転登記又は所有権保存登記を経由していた。

2  原告は、平和建物株式会社(以下「平和建物」)に対し、平成二年一月三一日、本件不動産を次の約定で売り渡した((二)の中間金及び残金の額、残金の支払時期並びに支払ずみの額については争いがある)。

(一)代金 一一億八二〇万円

(二)代金支払時期

契約時に手付金一億一〇八二万円

契約時に中間金六億八九一八万円

平成三年一月三〇日に残金三億八二〇万円

(三)所有権移転時期及び所有権移転登記時期 中間金の支払と引換え

(四)目的物引渡時期 残金の支払と同時

なお、原告は、平和建物から、平成二年一月三一日、手付金及び中間金合計八億円の支払を受けた(残金三億八二〇万円)。

3  平和建物は、原告から、平成二年二月一日、本件不動産について同年一月三一日売買を原因とする所有権移転登記を経由した。

4  平和建物は、被告(旧商号株式会社カネオカ)との間において、平成二年一月三一日、本件不動産に極度額一三億円、債権の範囲金銭消費貸借取引、手形債権、小切手債権、債務者平和建物の根抵当権を設定する旨の契約を締結し、被告に対し、同年二月一日、その旨の根抵当権設定登記を経由した。

5  原告は、平成三年三月二七日、本件不動産について錯誤を原因として3の所有権移転登記の抹消登記を経由した。

6  原告は、平成二年一月三一日以前に、別紙「差押債権目録」一ないし六記載の各第三債務者(以下「本件第三債務者」)に対し、本件建物中の同目録添付図面で表示された各部分(以下「本件賃貸部分」)を賃貸した。

7  被告は、東京地方裁判所に対し、債務者平和建物、所有者原告とする別紙「担保権、被担保債権、請求債権目録」記載の担保権(4記載の根抵当権)に基づき、別紙「差押債権目録」一ないし六記載の債権に対する物上代位権の行使を申し立て、同裁判所は、平成五年七月三〇日、右債権について債権差押命令を発した。

右差押命令は、同日ころ、本件第三債務者に送達された。

二  争点

1  原告の当事者適格の有無

(原告の主張)

被告の物上代位権の行使は、目的物の占有・収益を伴う民事執行にあたり、原告は、原告の果実収受権の根拠として不動産留置権(及び売主固有の賃料収受権)を主張しているのであるから、両者は衝突する関係にあり、原告は第三者異議の原告適格を有する。

(被告の主張)

本件賃貸部分の平成二年二月一日以降の賃料債権は同日以降の所有者である平和建物に帰属すべきものであり、原告は、他人の所有物を賃貸している立場にすぎないから、賃料債権について「引渡しを妨げる権利を有する第三者」であるとはいえず、第三者異議の原告適格を有しない。

2  原告の留置権の有無

(原告の主張)

原告は、平和建物に対し本件不動産の売買代金債権を有しており、売買契約締結以後も本件賃貸部分を本件第三債務者に賃貸して右部分を間接占有している。なお、原告と本件第三債務者との賃貸借契約を本件不動産の引渡しの日まで従前どおり存続させることは、売買契約締結に際し、平和建物も承諾していた。

したがって、原告は、平和建物に対する右売買代金債権を被担保債権として本件賃貸部分につき留置権を有するものであり、原告が本件第三債務者から賃料を収受しているのは、民法二九七条一項に基づくものである。

そして、右賃料収受権は被告の根抵当権に優先するのであるから、被告の物上代位の対象とならない。

(被告の主張)

原告から平和建物に本件不動産の所有権が移転すると同時に、本件賃貸部分の賃貸人たる地位も原告から平和建物に移転したから、原告は右時点で本件賃貸部分についての間接占有も失っており、留置権は成立しない。

3  売主固有の賃料収受権の有無

(原告の主張)

原告と平和建物との売買契約は被告の根抵当権設定に先行し、右契約では、原告と本件第三債務者との賃貸借契約を本件不動産の引渡しの日まで従前どおり存続させることが合意されており、民法五七五条一項からも、原告の賃料収受権は保護されている。

したがって、原告の賃料収受権は被告の根抵当権に優先する。

また、原告は自ら根抵当権を設定したものでも、被告の根抵当権を受忍した転得者でもないから、民法三〇四条一項の「債務者」にはあたらない。

したがって、原告の賃料収受権は被告の物上代位の対象とならない。

(被告の主張)

原告と平和建物との契約上の合意は当事者の間でのみ効力を認められるものであり、根抵当権者である被告には主張しえない。

また、原告は、本来第三取得者と同視しうるものであり、「抵当権の目的たる不動産上の権利者」にあたる。

4  被告の物上代位権の行使の権利濫用性(原告の主張)

被告は、原告と平和建物間の契約書を見ること等によって、原告から平和建物に対する本件建物の引渡しが未了であること、したがって、原告が本件賃貸部分の賃料を受領していること、さらに、原告が平和建物に対し売買残代金債権を有し、留置権を有することを知りながら物上代位権を行使したもので、右は権利の濫用にあたる。

第三争点に対する判断

一  被告の物上代位権の行使は、不動産競売手続とは異なり、目的物の占有・収益を伴う民事執行にあたることは明らかであり、原告は、原告の賃料収受権の根拠として不動産留置権を主張しているのであるから、留置権が成立するかどうかは別として、第三者異議の原告適格は有するものとみるべきである。

原告は、本件不動産の登記簿上の所有名義人であり、そのため、不動産競売手続においては、原告が「所有者」として扱われることとなり、本件の物上代位権の行使にあたっても、「原告の」本件第三債務者に対する債権として賃料債権が差し押さえられているが、登記簿の記載は必ずしも実体上の権利をそのまま表すものではなく、また、実体上の権利を表しているとみなすこともできないのであるから、原告が、本件不動産につき所有権ではなく、留置権を主張することも許されると解すべきである。

したがって、本件訴えについて、原告に当事者適格はあるということができる。

二  金額に争いはあるものの、原告が平和建物に対し本件不動産の売買残代金債権を有していることは当事者間に争いがない。

しかし、原告の本件賃貸部分に対する占有について検討するに、不動産が賃貸されている場合、当該不動産の所有権の移転は、原則として、賃貸人たる地位の移転を伴うものと解されるから、原告から平和建物に対し本件不動産の所有権が移転したきは、それと同時に、本件賃貸部分の賃貸人たる地位も原告から平和建物に移転したものとみるべきである。

原告と平和建物との売買契約においては、目的物の引渡時期が残金の支払と同時と定められていたことは当事者間に争いがないが、右は、賃貸人たる地位の移転時期まで定めたものとは解することができず、また、原告は、右売買契約において、原告と本件第三債務者との賃貸借契約を本件不動産の引渡しの日まで従前どおり存続させるとの約定があった旨主張するが、≪証拠省略≫の契約書をみても、「本物件から生ずる収益は本物件引渡しの日をもって区分する」旨の約定(一一条)があるのみであり、右をもって賃貸人たる地位の移転時期とはみることができない。

そうすると、前記のとおり、本件不動産の所有権が移転したときは本件賃貸部分の賃貸人たる地位も原告から平和建物に移転し、本件賃貸部分の間接占有は原告から平和建物に移転したものと解さざるをえない。

したがって、本件不動産の所有権移転後、原告は本件賃貸部分につき占有を有さないことになり、原告の留置権の主張は理由がない。

なお、ある不動産を賃借している者が右物件を他に転貸し間接占有をしているというようなとき、右賃借が終了しても転貸が同時に終了するわけではなく、この間接占有をもとに当該物件の留置権を主張できる場合があると考えられるが、このような場合と賃貸物件の所有権移転の場合とでは、状況を異にするとみるべきである。

三  原告は、平和建物との売買契約による約定により、また、民法五七五条一項の規定から、平和建物に対しては本件第三債務者からの賃料収受権を主張することができるといえるが、右は、債権的な権利にすぎない以上、根抵当権者である被告に対しては、これを主張しえないといわざるをえない。

すなわち、本件においては、原告の主張によれば、原告と平和建物との売買契約は解除されておらず、したがって、実体的には所有権は平和建物に存するとの前提で、原告が多額の所得税を課されるのを避けるため、「緊急避難措置として」登記だけは原告に戻されるとの措置が採られたということになり、このため、本件の物上代位権の行使にあたっては、「原告の」本件第三債務者に対する債権として賃料債権が差し押さえられているが、右の賃料債権は実体上の所有者である平和建物の債権とみるべきであり、これを、平和建物に対する債権者である原告と根抵当権者である被告とが争う関係にあることになる。そうすると、原告に留置権が認められる場合は別として、単なる債権者としては、被告の差押えを排除することはできない。

なお、原告は、被告の根抵当権の設定を知ったうえで平和建物への所有権移転登記の抹消登記を経由しているのであるから、登記の形式にかかわらず、担保物件の第三取得者と異なるところはない。

したがって、争点3の原告の主張は理由がない。

四  以上の点を考慮すると、被告が、原告が平和建物に対し売買残代金債権を有していること、原告から平和建物に対する本件建物の引渡しは未了であること、原告が本件賃貸部分の賃料を受領していることを知っていたとしても、そのことによって物上代位権の行使が権利の濫用になるとはいうことができず、その他、被告の行為が権利の濫用になるとの事情を認めることはできない。

したがって、争点4の原告の主張も理由がない。

五  右によれば、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 江口とし子)

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